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俺たちの人生戦略会議

人生を戦略的に考えるためのブログです。

個々人のせいにせず、仕組みやシステムのせいにしないと世の中は良くならない

キャリアの戦略会議

些細な話を例に持ち出しちゃうんですけど、この間子供の通う幼稚園で子供達による演奏会があったんです。

当然我が子の勇姿を残しておきたい親バカですから、ビデオカメラを持っていったんですね。私が撮影するつもりだったんですが、下の子が騒ぎ出してしまった関係で、不安ながらも奥さんに撮影を託しました。

結果、うちのビデオカメラに付いている静止画撮影モードのボタンを見事に奥さんが押してしまい、ピンぼけの写真が二枚撮影されただけで終わってしまいました。残念です。素晴らしい演奏だったんですが…

仕事なんかでこういうミスが起こってしまったとき、責め立てるにせよ許すにせよ、個人のミスに原因を求めて終わってしまうことがよくあります。

しかし個人のミスに原因を求め、個人の意識の向上に今後の対策を求めていると、いつまでたってと仕組みやシステムや制度が良くなっていきません。これは日本で典型的に見られる状況です。

ミスをした人がそれを機会に、次回は同じミスをしないよう気をつけること自体は美しく、意味ある行動だとは思います。

しかし人間の能力には限界があり、かつ世の中には様々な人がいます。疲れていることも眠いこともあります。そんな中で、全員がミスをしないように意識を高め続けるなど間違いなく無理なのです。

無理なことなのに、それはみんな分かっているのに、個々人の意識の向上に今後の対策を求めるのは非常に日本的であり、かつはっきり言って無意味です。やめるべきです。

本気で今後の対策を求めるのであれば、それは仕組みやシステムや制度の見直しでなければなりません。ミスがあっても影響が最小限となるような仕組み、システム、制度のデザインは何なのか?それを問わなければなりません。

上述のビデオカメラの例で言えば、そもそもカメラモードなど必要なのか等を問わなければなりません。二つのモードがあることが問題なゆじゃないか?モードを間違えたときに気がつけるようにする機能は付けられないのか?そういうことを問わなければなりません。

嫌味ではなく、日本人は素晴らしく自己批判の強い文化があります。もっともっと自分は向上しなければ駄目だと駆り立てる文化です。ここまで日本が豊かになった背景には、こういった文化があると思います。

ただ一方で、疲労を起こしている仕組み、システム、制度がたくさんあり、社会の社会の足を引っ張っている姿も散見されます。

個々人から仕組み、システム、制度に着眼点を移すことにより、より良い明日が達成されるのではないでしょうか?